美しい国
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Taima-dera Temple, Nara (2007), Nikon D80, Nikkor 18-200mm 1:3.8-5.6 ED DX

奈良葛城山の麓にある当麻寺。ここはひっそりとした庭に大輪の牡丹が咲き誇る美しさで有名ですが、季節はずれの5月下旬に訪れて、感動しました。お庭の隅に100本ほどの古い番傘が並んでおいてあるので、これは何かのいわれがある傘なのか、京都なら「×××の忘れ傘」なんていうのがありますが、それなのかと思って、庭番のおばさんに尋ねると、なんと、牡丹は雨に弱いので、雨が降り始めると、番傘を「さしてあげる」のだそうです。

花に傘をさす。さらに、その行為を表すに「あげる」という敬語を持つ日本語。

これこそ「美しい国」そのものではないでしょうか。国を挙げての教育改革とかなんとかのプロジェクトなんかクソくらえの、そのまんま「うまし国やまと」に他なりません。
奈良 Nara   Comments : 0

三位一体 (^^♪
世界一の企業: トヨタ。
その出発点を忘れず、ていねいに整備して保存、公開している名古屋のトヨタ記念館
世界一のレンズ: 言わずもがなのライカ・レンズ
Toyota Museum, Nagoya (2004), LEICA DigiLux2, Vario-Summicron 7-22.5mm, 1:2.0-2.4 ASPH

プラス(^J^)写友: ペンタックスを構えていた nori さんと、キャノンを構えていた nagata さん。

この最高の出会いで撮った作品3点:

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国内 Japan   Comments : 0

写真に夢中
これは、2000年元旦の某全国紙文化欄に掲載された「私は今これに夢中」という特集の原稿です。

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「何に夢中になってますか?」という質問は、ボクの人生のどのステージで発せられた質問かによって、答えはさまざまでしょうね。そして、それぞれのステージで「これなければ生きてる意味がない」というまでに何かに夢中になっているボクの姿を知っている人たちは、その「好き」の対象を一転させている新しいボクを見て、あきれるのが常です。
フナ釣り、オーディオ、バイク、鉄道模型、アーチェリー、ラジコン‥‥
大きな「ヤマ」だけでも、これだけ数え上げることができます。それぞれのステージで、それぞれのヤマは高くそびえ立ち、この地球上にそれ以外のヤマは存在しないほどです。
 
で、人生のおそらく最後のステージにさしかかっている今のボクが、これまた「これがなければ生きてる意味がない」までに夢中になっている対象はといえば、それはカメラです。

「カメラ」といえば、シリアスに「写真」をやっている人にとっては単なる道具であって目的ではない、という意味で、「カメラが好き、なにより好き」なんてことを公言する人間をバカにするのがふつうです。でも、そうでないりっぱなフォトグラファーもまたたくさんいらっしゃるものでして。ま、そういう世間の思惑にいっさい煩わされることなく夢中になっているのが、ボクのボクたるゆえんでもありましょう。

突然このカメラというヤマが出現したわけではありませんで、思えば50年以上前に、デパートの手品用品売り場の隣にあった日光写真の実演販売の前に、立ちつくしていた小六のボクが原点です。虎の子の100円札をそっと差し出してその仕掛けを購入、閉店後にまだ開いている小さな出口へと店員さんに追い立てられたのでした。1ヶ月後、800円のスタートというベークライト製のホンモノのカメラへグレードアップした日の至福の思いは、もう、なんといっていいか言葉に窮するものです。

中学生、高校生の時に、お小遣いというよりは一家を支えなければならないボクの働きの成果である生活費を握りしめて、町のカメラ屋さんで買ったオリンパス35,リコーフレックス、サモカ35‥‥。これらの手触りは、今、幸いなことにいつでも触れるライカ、コンタックス、ハッセルブラード、ニコン、キャノン等々と、比べものにならないすばらしいものでした。

やや問題は、「カメラ」というよりは、それを道具、手段とする「写真」に大きく傾斜した20歳代を持ったことかもしれません。フォトアートの世界に深入りして、そのヤマの探求にすべての時間を捧げたのでした。そこで貴重な人生の友と巡り会えましたし、アマチュア写真作家としてのボクを世に打ち出すいろいろの栄誉も頂けました。でも、「カメラ」への偏愛はそれと反比例して薄れていったのです。

そしてやがて、フォトアートにも飽きてきて、というか、フナ釣りやオーディオなどのでっかいヤマが出現して、いつのころからか、フォトアートの出発点であったカメラたちもガラクタの仲間入りをしてしまいました。

ボクは、いけないことに、徹底したこだわり人間ですから、本業で得た外国生活などのすばらしいチャンスも、カメラ抜き、写真抜きで過ごしたものでした。
そんなボクが、外国のカジノで勝ったお金で衝動買いしたミノルタがきっかけとなり、またインターネットというメディアを得て、一気にカメラの世界に全身全霊で再突入することになったのです。

今回は、自分で言うのもなんですが、「カメラ」と「写真」のバランスを上手に保ちながらの「夢中」であるように思います。

最近はカメラにもデジタルカメラという新機軸満載の新顔が現れまして、これと100年あまりの歴史を持ついわゆる銀塩カメラとのせめぎ合いの新世紀に入って、カメラ好きの人間は、どういうバランスで楽しんでいくかが、ちょっと見えにくい時勢ですが、ボクにとっては、原理として暗箱にレンズが付いている限り、それはまぎれもなくボクを魅了する「カメラ」でありますから、どちらもボクを楽しませてくれるすばらしい仕掛けです。

人生のどこかでご縁をいただいたかもしれない読者のみなさまが、ちょっとインターネットのボクの写真サイトを覗いてくださって、「ああ、クラちゃん、今はこんなことに夢中になっているんだな」と知ってくだされば、これに勝る喜びはありません。(http://www.kuratani.net)

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cf. 「愛しのカメラたち」
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ワイド・ビューの可能性
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Rinku Premium Outlets, Osaka (2006), Lumix FZ30, Vario-Elmarit ASPH 7.4-88.8mm 1:2.8-3.7

デジタル放送しか受信できない時代を目前にして、本格ハイビジョン規格に合わせた横長のスクリーンが一般化してきた。いいことだと思います。

一時期(過渡期のアダ花だったと信じたい!)、写真は、35ミリの標準であった画面構成の3:2を捨てて4:3のどうしようもなくアートになりにくい比率を標準化しようという勢いがありました。L版とかLLサイズという一般の人のハイチーズ記念写真に合わせたとも言えます。

アマチュアは、運動会で、動き回る子どもからピントがずれないようにというので、自動追尾AFとか視点入力AFとか高速連続撮影とか、ああ、最近では女性の顔色イキイキなんてことにキャノン先導で各社競い合っていて、また、20倍ズームとかで運動場の真ん中にいる子供の表情を撮れるとか、超広角で、たくさんのお友達といっしょに撮れるとか、それはそれでいいんだけど、ま、いいかっ。

そのワイドですが、ボクはこれを広角で広い視野を収めることができるという意義ではなくて、16:9という比率で表現できる、ワイドのデジタルテレビやPCでいい感じに見せられる、そういうフォーマットの問題としてとらえます。そして、それがこれからの時代の写真のひょっとして本道になるのでは、という予感まであります。

フォトアートが雑誌を舞台に広がった時代は、ページに収まりがいい縦長もよかったのですが、PCやテレビが表現メディアの中心になってきた現代からは、横位置、それもこれからはワイドが中心になるのではないかと思いますね。

カメラそのものが16:9フォーマットもサポートしているというのではなく、まさにそれをウリにしているパナソニックのルミックスはえらいぞ!
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