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2007.07.15

フォトアートの市民権

0pa04.jpg
Marais, Paris, France (2003), Pentax MZ-3, Tamron SP-XR 28-75mm 1:2.8

パリやニューヨークが好きな大きな理由の一つは、フォトアートが芸術として正しく認識され、立派に市民権を持っているところです。

ニューヨークはあちこちに写真専門のこじんまりしたギャラリーがありますし、特に SOHO などは、ずらっと並んでいたりします。東松照明の作品ならなんでも揃えています、というお店も見付けました。

パリもそう。アッジェばかりを展示しているギャラリー、キャパやブレッソンや奈良原一高の作品ならまかせてくださいといったお店など。

写真を展示するギャラリーは日本にもたくさんありますが、気軽に通りがかりの市民が植田正治のオリジナル・プリントを手ごろなお値段で購入して持ち帰ることができるお店などはありませんよね。

こう書きながら、欧米の評価が極めて高いある日本の写真家の名前を、周到にはずしているボクを、神よゆるしたまえ (-。-)y-゜゜゜

いいフォトグラファーが世界一たくさんキラ星のごとく輝いているのに、いつまでたっても日本がフォトアート後進国である理由の第一は、小中学校の美術の教科書に無視されているからだと、ボクは思います。(アメリカの教科書の表紙にエドワード・スタイケンの作品が使われ、裏表紙にその解説があるのを見たことがあります。)

今一つの理由は、たぶん写真というものに「ありがたみ」がないからでしょう。ケータイカメラ、カード型デジカメ、店頭で即プリント、本格デジイチも安価になったし、連写機能充実、顔面追っかけオートフォーカス、運動会でママでもわが子の望遠がハイパチリで撮れる、ビデオも撮れちゃう、だいたいが、フォトアートを扱う雑誌がすべて「○○○カメラ」となっている日本です、こういった状況で、フォトアートが欧米のようにりっぱな市民権を持てないのは当たり前だと思います。

他方、フォトアートに目覚めた人たちも、多くは老後の趣味として、交換レンズで2倍に膨れ上がったポケットだらけのカメラマンコートを着て、重い三脚を肩に、何を撮るにもストロボ焚いて、といった風景の日本ですから、パリ、ニューヨークは、やはり遠い憧れの街です。
麻布や六本木あたりが、ちょっと目覚めてほしいものです。銀座はダメです。フォトアートと無縁の超高級カメラのメッカですから。

(ネット一般への参照タグ) : アート ショーケース

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