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2007.07.18

日本のプロ写真家センセー

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Shirakawa Tatsumi-bashi, Kyoto (2000), Contax N1, Vario-Sonnar 24-85mm 1:3.5-4.5

京都の白川南通、巽橋あたりは、観光のスポットであり、この場所が上の写真のような静かな瞬間を「自然に」持つことは滅多にありません。カメラを構えた観光客がぎっしりで、その人たちがいないのは、たくさんの助手を引き連れたプロ写真家が、人払いをして撮影している時ぐらいです。そんな時にアマチュアがカメラを取り出そうものなら、助手がすっ飛んできて、ダメダメダメと怒鳴られます。

人払いをしたり、逆に傘を持った舞妓さんに歩いてもらったり、花びらを蒔いたり、水を蒔いたり、ライトをあてたり、といったことをしないのを、何故かかたくなに掟のように自分に課しているボクは、所詮アマチュアなんでしょうか。
これは実はずうっとボクを悩ませている難問ではあります。
あるがままを撮る必要はないけれど、あれかしという瞬間をじっと待って撮れ、そのときが来なければ、諦めて去れ、というヤセガマンは、どういうことなんだろう?  野良犬が画面に入るのを待つはともかくとして、子供にアメあげて走ってもらう、落ち葉の配置を変えてみる、程度は許されるのではないか? etc. etc.

そんなとき、アジェとブレッソンとハースを思って、あえて手をかけないという態度こそ大切なのだ、と納得してきてはいます。 現代の写真家の撮影中の姿も外国で何度も目撃していますが、ライトやレフ板を掲げたり、三脚に据えた数台のカメラを先生の「はーい」に合わせて代わりにシャッター押したりする若いアシスタント(ギョーカイではアシスという)を引き連れた姿など、見たことがありません。 日本ではこれがプロの証みたいに思われているようですが。

追記:
ならばあなたは上の写真をどのようにして撮ったのか、というコメントを即いただきましたので、追記しておきます。
ひたすら待ったのです。1時間ほど。もちろん三脚なし。

(ネット一般への参照タグ) : 暮色

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2007.07.08

なんともいえない不安感

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Ginkakuji Temple, Kyoto (2006), Nikon D80, Tamron XR DiII SP 17-50mm 1:2.8

京都・銀閣寺。山門を入って本堂とお庭に向かう直前に、必ず通ることになる50メートルほどの小道ですが、ボクはここを歩く毎に、なんともいえない不安感に襲われるのです。生垣が高すぎます。これは日本のものじゃない、という不安定感‥‥。

(ネット一般への参照タグ) :

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